個別に知る名古屋城の歴史編 | 城主,しゃちほこ,本丸御殿,鹿




個別に知る名古屋城の歴史編 | 城主,しゃちほこ,本丸御殿,鹿

 

 

【名古屋城観光レビュ− 1/15】

 

 

名古屋城の観光が終わった後、いろいろと気になるポイントがありました。

 

 

それが城をはじめとする城主,しゃちほこ,本丸御殿,鹿といった個別の歴史。

 

 

この記事では、そんな名古屋城の個別の歴史について、調べてみた私の感想を書いてみます。

 

 

 

 

 

個性豊かな歴代城主


慶長五年(1600)の関ヶ原の戦い後、徳川家康は尾張国に四男である松平忠吉を入国させます。

 

 

当初、忠吉は現在の愛知県清須市にあった清須城主となりますが、関ヶ原の戦いの時に受けた傷がもとで慶長十二年(1607)に亡くなってしまいます。

 

 

忠吉の跡を継ぐ形で、家康の十男・義直が清須城主となりますが、この時まだ大坂城の豊臣氏が健在であったため、家康はかつて那古野城があった地に名古屋城を築城。

 

 

その後、清須から城下町を丸ごと引っ越す清須越しが行われ、義直は初代名古屋城主になりました。

 

 

その後の名古屋城主と主なできごとは以下の通り。

 

 

城主 読み 主なできごと
二代 光友 みつとも 義直の長男。建中寺を建立。実は柳生連也斎より新陰流第6世を継承した剣豪でもある。
三代 綱誠 つなのぶ(つななり) 光友の次男。側室13名。40人の子ども(22男18女)をもうける。
四代 吉通 よしみち 綱誠の十男。六代将軍・家宣に将軍継承を考えられたが、新井白石の助言によって却下。
五代 五郎太 ごろうた 吉通の死去後、家督を継ぐも相続から2ヶ月ほど後に数え3歳で死去。
六代 継友 つぐとも 綱誠の十一男(十二男、十三男とも)。のちの暴れん坊将軍・徳川吉宗と将軍継承権を争った人物。
七代 宗春 むねはる 尾張藩第三代藩主・綱誠の二十男。将軍吉宗と対立。そのことで暴れん坊将軍では、悪役として描かれる事も。
八代 宗勝 むねかつ 徳川光友の十一男・松平友著の長男。財政窮乏化していた尾張藩の財政を立て直したことで、名君と評価される。
九代 宗睦 むねちか(むねよし) 宗勝の二男。尾張藩の「中興の祖」といわれ、藩財政を発展、安定化に導いたものの、晩年に再び傾かせてしまう。
十代 斉朝 なりとも 一橋家の嫡子で宗睦の養子となり尾張藩を継ぐ。あまり評判が良くなく、犬山城の成瀬氏から、たびたびスル−された殿様。
十一代 斉温 なりはる 11代将軍・徳川家斉の十九男。斉朝の養子。9歳で家督を相続した無類の鳩好き。
十二代 斉荘 なりたか 将軍家・徳川家斉の十二男。幕府の一方的な命令で尾張藩に養子入りし、混乱を招く。苦労知らずの遊興好きで、苦しい藩財政を省みなかったといわれる。
十三代 慶臧 よしつぐ 斉荘の娘と婚約し10歳にして尾張藩主となる。在任わずか4年で疱瘡により病没。
十四代 慶勝 よしかつ 尾張藩の支藩・高須藩からの養子。幕末の尾張藩主として有名。
十五代 茂徳 もちなが 異母兄・慶勝の隠居謹慎に伴って尾張藩主に就任。明治維新の時、徳川一族の総代的な役割を担い、明治新政府との交渉にあたる。
十六代 義宣 よしのり 14代藩主・徳川慶勝の三男で最後の尾張藩主。徳川慶喜隠居後の徳川宗家次期当主候補に擬られたこともあったが18歳で夭折。

 

 

 

 

 

苦難続きだったしゃちほこの歴史


しゃちほこで知られる鯱は、もともと水を表す動物で、これを天守の上に上げる事により、火災を免れるという風習があったようです。

 

 

金箔押の鯱は、名古屋城が有名ですが、歴史を調べてみると創建当初の岡山城天守に鯱があった様で、その他にも安土城、大坂城、江戸城、駿府城、伏見城にも金のしゃちほこが天守の上に乗っていたみたいです。

 

 

名古屋城の金のしゃちほこですが、慶長十七年(1612)名古屋城天守ができたばかりの時、一対で慶長大判1940枚分あったそうで、これは純金にして215.3キログラムの金が使用されたといわれています。

 

 

ちなみにこの純金215.3キログラムは現在どのくらい価値があるかというと、2014年7月現在の東京商品取引所(TOCOM)の金(標準取引) 相場表によると、1グラムあたり¥4,300ほど。

 

 

ざっくりとした単純計算ですが、215.3キログラムだとおよそ9億5千万円くらい。

 

 

 

 

ある意味、財源

 

これだけの価値がある金シャチだったので、歴史を見ると名古屋城の財政難をしばしば助けています。

 

 

名古屋城がある尾張藩は、たびたび財政難に陥り、その度に金しゃちのウロコを剥がして予算に当てるという事をやっています。

 

 

ウロコを剥がしたままだと見栄も悪いので、残ったウロコを溶かして全体のウロコを作り直しました。

 

 

記録によると、

 

 

・享保十五年(1730)

 

・文政十年(1827)

 

・弘化三年(1846)

 

 

この3回。

 

 

当たり前ですがその度に金の純度は下がり続け、自慢の光沢も鈍ってしまいました。

 

 

尾張名古屋のシンボルの金しゃちがこの有様では面目も立たないということで、この光沢の鈍りを隠すために金網を張り何とかごまかすことに。

 

 

表向きは盗まれないためや鳥よけのためとされ、太平洋戦争焼け落ちるまで取り付けられていました。

 

 

 

 

 

もちろん盗難事件

 

これが金庫に入っているのではなく、野ざらしで天守の上に輝いているワケなので、当然ドロボーの標的にもなりました。

 

 

江戸時代に柿木金助(かきのき きんすけ)という人物が大凧に乗って大天守に下り、金シャチのウロコを数枚剥ぎ取ったという伝説が残っています。

 

 

また明治以降の盗難事件は合計で4回起こりました。

 

 

 

 

 

愛・地球博でタッチできた

 


2005年に愛知県で行われた愛・地球博で、金シャチが名古屋城大天守から降ろされ、一般人が触ることができるという企画が行われました。

 

 

この時、普段、天守の上で輝いている金しゃちに触る事ができるということで、多くの人が押しかけかなり人気でもありました。

 

 

雄(おす)と雌(めす)が別々の所でタッチできるというものでしたが、一度触ろうとすると1時間待ちなんてザラ。

 

 

しかも触っている時間は数秒。

 

 

でも私も並びましたよ(笑)

 

 

ちなみに私が触ったのは雄(おす)で、触った感想は、金属だけにヒンヤリしていたのを覚えています。

 

 

その後、金しゃちは再び大天守に上げられ、今でも名古屋のシンボルとして輝き続けています。

 

 

 

 

 

 

 

本丸御殿


名古屋城の天守のすぐ側にあった本丸御殿は、もともと城主(藩主)が生活する場所として建てられましたが、元和六年(1620)年、将軍が上洛する時の宿泊場所として御成専用となり、それ以後、藩主は二之丸御殿に住む様になりました。

 

 

しかし、実際に本丸御殿を使用した将軍は、二代・秀忠、三代・家光だけで、その以後は尾張藩士によって警備と管理が行われ続けました。

 

 

また太平洋戦争で天守と共に焼けてしまい、礎石だけが残っていましたが、平成21年(2009)に復元が始まり、徐々に公開されています。

 

 

ちなみに公開についてですが、

 

 

第一期 平成25年(2013)玄関と表書院(現在公開中)

 

 

第二期 平成28年(2016)対面所等公開

 

 

第三期 平成30年(2018)全体公開

 

 

このスケジュ−ルで工事が進んでいます。

 

 

 

 

 

 

堀の中の鹿


名古屋城の大天守側の堀の中をよく見てみると鹿がいます。

 

 

なぜ堀の中に鹿なのか?

 

 

名古屋城管理事務所に聞いてみると、この鹿も名古屋城の歴史の一部だったことがわかりました。

 

 

 

 

最初はペットだった

 

名古屋城の鹿は、最初はペットとして城内で飼われており、いつくらいから鹿が名古屋城にいたのかわかりませんが、一説によると三代藩主・綱誠の時代くらいではないかということです。

 

 

籠城時の非常食ではないんですね。

 

 

しかし春になると、鹿たちが木々の新芽を食べ始め、また発情期になると暴れだしたりしたので、これに困った城主だか尾張藩だかわかりませんが、鹿たちを堀の中に閉じ込めてしまったそうです。

 

 

その後、鹿たちは江戸時代を通して堀の中で飼われていたとか。

 

 

 

 

 

東山動物園から譲り受ける

 

太平洋戦争後、観光地として整備が進んだ名古屋城は、かつて堀の中で飼われていた鹿も再現しようと、東山動物園(名古屋市東区)から3頭の鹿を譲り受け、再び堀の中で飼う事になりました。

 

 

鹿は堀の中の雑草を食べてくれるし、子供たちにも人気なので好評となり、1970年代には全盛期となり56頭にも増えたといいます。

 

 

しかしこれがピ−クで、その後、徐々に数が少なくなってしまい、2012年には6頭になってしまいます。

 

 

しかもこの年、一気に4頭が死んでしまい、残った2頭は雌(めす)なので、名古屋市では再び鹿を譲り受ける事を検討しているそうです。

 

 

 

 

以上、名古屋城の城主,しゃちほこ,本丸御殿,鹿についての歴史でした。

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